ある日の夜。
いつも利用して下さるお客様が事務所へ来て下さった。
依頼を受けた仕事は30分程で終了し、その後いつものように食事に行こうという話になった。
お客様からはこのところ急に寒くなったのでグラタンのような暖かい料理を食べたいのと希望が出た。
そして、今回はよく行く店とは違う店に行ってみたいという希望もあったため、数年前に数回行った事のあるお店を提案した。

行ったのは、あえて名前は出さないが、医師会病院の南側にあるイタリアンレストラン。
ちなみに、よく行くのは医師会病院の西側にあるお店だ。

本来なら稼ぎ時であるはずの給料日の後の週末の夜。
にもかかわらず先客は個室のように区切られた席に6人程のグループが1組だけ。
そのグループも騒ぐでもなく静かに食事をしていたため店内はガラーンとしていて、有線放送から流れているのであろう洋楽がやけに大きな音に聞こえていた。

応対に出てきた女性店員に喫煙するかを聞かれたので吸わない旨を伝えると、中央よりも奥の席に案内された。
店内で分煙になっているのだろうが、入口から見て奥側を禁煙席に設定するとは、この店の店長は喫煙者なのだろう。

席につくと我々は予定していた通りグラタンを注文するべくメニューを手に取った。
8種類ほどの中からお客様はエビとジャガイモのグラタン、私はスパゲティグラタンを注文した。

提供時間は10分ほどだろうか。
運ばれてきた料理は、見た目はそれなりにボリュームもあり、ホワイトソースにちょうどよい焦げ目がついていて美味しそう。
私は口の中が火傷しないように10分ほど放置してから食べ始めた。

フォークでホワイトソースを崩すと、すぐに中に埋まっている麺が現れた。
そして、麺を食べ進めていけば具材が出てくるだろうと考えていた。
ところが、半分程度食べても具材が出てくる気配がない。
私はしびれを切らして、半分ほど残っているホワイトソースを崩してみた。
結果、肉類や魚介類はもとより、キノコの類も全く入っておらず、かろうじて炒めたタマネギの切れ端が申し訳程度に入っているのみだった。

結局この料理は、耐熱皿に茹でた麺を山盛りにして、少量のタマネギを炒めてトッピングし、ホワイトソースをかけてオーブンで焼いただけのものではないか。
しかもホワイトソースもコクがなく、業務用のレトルトか缶詰ではないかと思われた。
食材の推定原価は80円〜100円といったところだろう。
これが800円とは驚きだ。

量だけは多く、食べているうちに飽きがきたので粉チーズでもかけようと思ったら、なんとテーブルに置かれていない。
とにかくコストを徹底的に削減しようという方針が見てとれた。

作ってくれた人への礼儀や感謝の気持ちから出された料理は残さずに食べることにしている私でも、さずがにこれを全部食べる気持ちにはならなかった。

ちなみに一緒に行ったお客様が注文した料理も同じようなものだった。
帰りがけ、我々の後から来店した家族が注文したピザをちょうど店員が運んできたのだが、それにもほとんどトッピングがなく、何かの葉っぱが数枚とケチャップのようなソースのようなものが少量乗っているだけだった。

このあたりでは比較的長く営業しているこの店も、終焉の時が近い事を予感した出来事だった。