2010年01月

群馬県伊勢崎市にあるパソコン技術支援の業者です。

当社は5人〜20人規模の企業・法人様を対象としたサービスを提供しています。

コンピュータシステムのメンテナンスやパソコン導入・入替のコンサルティングが得意です。

連絡先

TEL 0270-24-6253

携帯 090-8490-5606

後閑克己

Youtubeで動画を公開しています。

ビジネスチャンスは無限

私が目標としている人物の一人にジェームス・スキナー氏がいる。
スキナー氏は本業は企業や団体のコンサルタントのようだが、自己啓発の教材の作成・販売や講演などを幅広く行っており、現在では年間数百億円を動かすまでになっている。

スキナー氏が講演の中で語っていた非常に印象深い言葉がある。
それは"ビジネスチャンスは無限"という言葉である。
これは今まで同氏が複数の企業の経営や多くの企業の再生に関わって経験の中から出てきた言葉であり、それだけ重みがある。

私は最近、この言葉が事実である事を身を持って体験した。
今はその内容をここに詳しく書く事はできないのだが、これが事実である事を確信する事に至った経験をしたのだ。

身の回りのあらゆる事がビジネスになる事に気づきさえすれば、本当に楽しい毎日を送る事ができる。
問題はそれに気づくかどうかである。

今思いついたビジネスがうまく回り始めたときの事を想像するだけでワクワクしてしまう。
動かずにはいられない。
そのモチベーションがさらにビジネスを加速させる。
こうなれば成功スパイラルだ。
今年の夏頃の売り上げがどうなっているのか、本当に楽しみだ。

小林繁氏 死去

元プロ野球選手の小林繁氏が死去した。
前日は一軍のコーチとして選手の自主トレを視察していながら、翌朝突然倒れたという。

小林氏といえば、言わずと知れた "空白の一日" 事件で犠牲になった人物である。
30代後半よりも若い人は当時の事情は分からないかもしれないが、現在テレビで活躍している江川卓氏がプロ野球会に入る時に大きな事件があったのだ。

詳細はウイキペディアなど他のサイトに譲るが、江川氏及び巨人軍にダーティーなイメージが浸透してしまったきっかけになったとも言える出来事だった。

この二人、その後一度も会話を交わした事がなかったらしいが、2007年に清酒のコマーシャルで初めての対談が行われた。
最近youtubeでその動画の一部が公開されている。
対談の一部しか公開されていないのが残念なくらい、素晴らしい動画だと思う。

小林氏の死期が分かっていたかのような絶妙のタイミングでの対談であり、日本酒を酌み交わしながらの会話のシーンは商品のアピール効果も高いものだと感じる。
このCMは広告業界の賞も受賞しているようだが、企画した担当者に拍手を送りたい

江川氏は当初からこの撮影当時に至るまで、あの事件の事を負い目に感じていたようだし、小林氏も一度、同じ野球を愛するものとして話をしたいと考えていたようだ。
小林氏の生前にそれが実現して本当によかったと安堵の気持ちで映像を見ていた。

誰しも一人や二人、会いたくない人物はいるだろう。
しかし、一方で関係が悪化したそれらの人と関係を修復したいと思っているのも事実なのだと思う。

人はいつこの世を去るか分からない。
だから関係を修復するなら今しかない。

今かかえている問題を解決するために今すぐ行動しよう。
この世を去る時後悔しないために。

ビジネスにおいてパートナーは重要

私はこのブログの先頭記事で紹介している通りパソコンの技術サービスを提供するビジネスを展開している。

仕事は自宅とは別の事務所で行っており、自宅と事務所の距離は車で数分といったところだ。
事務所といっても実家の敷地内にある離れなのだが、自宅とは別に仕事場があるという事はコストの負担は発生するが、それなりに便利であり必要な事だと思っている。

私は基本的に一人で仕事をしているので、仕事中は常に孤独との闘いでもある。
以前、とある友人も語っていたが、一日中一言も人と会話をしないと精神がおかしくなる気がする事さえある。
人って社会の中で他人と係わり合いながらでしか生きていけないのだろう。
その意味で以前から仕事のパートナーが欲しいと思っているのだが、中々巡り合わない。

ビジネスである程度以上の成功をしている多くの人は、創業当初から、あるいはその後素晴らしいパートナーと出会い、一人では難しい事をコラボレーションの力で実現させているという話をよく聞く。

それはもちろんお互いが持っている知識や技術の相乗効果という事もあるけど、それ以上にそのパートナーが精神的な支えになっているという部分が大きいのではないだろうか?

小さな事でも気軽に相談できるパートナーがいるというのは何かと心強いものだ。
その心強さ、安心感がその人の能力を最大限に発揮させ成功に導かれるという事なのだろう。

今の私にとって、必要なのはそういったビジネスパートナーなのだと思う。

奥さんはどうなの? という質問があるかもしれないので書き添えておく。

私の妻は私の仕事には一切ノータッチだ。
帳簿付けなどは言うに及ばず、この事務所の床を10センチ掃いた事さえもない。
とにかくビジネスには全く興味がないという状態なので一切仕事上の相談ができないのだ。

一部上場のサラリーマン家庭で育っている事も影響しているのか、結婚したのだからもう仕事をせずに生活できるのだと思い込んでいるらしい。
サラリーマンなら病気休業時の保障などもあるが、自営業では自分で保険に入らない限りそのような恩恵は一切ない。

私の身に万一の事があれば、明日から全く収入がなくなるという事態になる状況であるにも関わらず、そういった危機感を全く持ち合わせていないように見える。
実家が徒歩圏内なので何かあれば親を頼ればいいという気持ちが強いように見える。

ちなみに義理の妹夫婦はやはり自営で事務所を運営しているのだが、二人が生活でも仕事でも良いパートナー関係となっていて、そのためにビジネスもうまくいっているようだ。

ブログで家族の悪口を書いてもしかたないが、妹夫婦が羨ましい。

反町薬師

昨日は子供の厄除に反町薬師へ参拝に行ってきた。

なんでも私が住んでいる地域では子供が2歳の年にここへお参りに連れていく習慣があるらしい。
もちろん覚えていないのだが、かくいう私自身もその年に父親に連れられてここへ厄除に行ったと聞かされている。

私自身は厄年とか厄除の参拝といったモノは一切否定する考え方の持ち主である。
なので当然子供にもそのようなコトはさせたくはない。
しかし、妻の希望で当日の朝参拝する事が決まった。

反町薬師は旧新田町のジョイフル本田という巨大なショッピングモールの東側にある。
目的地が近づくと交通整理をする警察官の姿などが目に付き、到着前から相当な混雑を予感させる。
この日は3が日明けだったが、それでも初詣客が途切れずに続き、当然すぐ脇の駐車場は満車。

我々は駐車場の案内表示に従って車を走らせたが、途中の駐車場も全て満車で結局ジョイフルの駐車場に戻ってきてしまった。
しかしここからは意外と近く、大人の足なら5分といった距離だろうか。

本殿に入り、行列に並んでお参りを済ませた。
参拝後、妻が厄除のお札を希望したので、それを購入した。

そもそも厄除は厄が来る事を前提としている行為である。
なぜ厄が来ると考えるのかといえば、それはこの年に厄が来るよという迷信を信じているからである。

特に厄除を謳っている神社などは、不安を煽って参拝する事を促している。
そしてそこで数千円〜1万円程度のお札を受ける事で何となく安心した気分になる。

言い方は適切でないかもしれないが、これはまさに宗教ビジネスのカモにされている事を意味する。

健康で過ごしたければ食生活や睡眠といった生活習慣が重要であり、これを管理する事によって実現可能となる。
神社で健康を祈る事は全く意味がない。
むしろ寒風にさらされて風邪をひくという結果を招きかねない。

しかし、これは私の考え方であって、周囲に押し付ける事はできないだろう。
かくして、不況風が吹き荒れる中でも神社仏閣は繁盛するのである。

2010年が始まりました

2010年あけましておめでとうございます。
今年も当店をよろしくお願いします。

過去にも記事を書いた気がするが、以前にセミナーの講師を務めた事のある起業家がまた一人姿を消したようだ。
私は2003年頃に赤堀町商工会主催の新規創業者を対象としたセミナーに参加した事がある。

正確には記憶していないが、毎週末の土曜日を利用して一日4時間〜5時間位の講座を5週か6週連続で開催するという内容だったと思う。

講座の内容は国民金融公庫(当時)を利用しての資金調達の方法や、既に創業している起業家を迎えて創業時の苦労話などを聞くというものだった。

今回、表舞台から姿を消したと思われる方は、この時ゲストとして呼ばれていた起業家の中の一人だ。
彼女は国民金融公庫から融資を受けた他、親族からもまとまった金額の出資をしてもらい、伊勢崎駅にほど近い場所にお店を建てて、そこでドライフラワー教室を中心としたショップを経営している女性として紹介されていた。

そのセミナーの受講後、このお店の事が気になって直接見にいった事もあるのだが、いわゆる旧市街地にあり、お店の前には駐車場もなく、こんな地方都市でこういった業態のビジネスが成り立つのだろうかという気持ちにさせられたものだった。

それからしばらくはそのお店の事は忘れていたのだが、数年後近くに行く用事があり、あの店を思い出して帰りにその前の道を通ってみたところ、シャッターが閉まっていて不動産業者による"貸し店舗"の張り紙が貼られていた。

確かお店のウェブサイトがあった事を思い出し、本人に直接メールで尋ねてみたところ、埼玉県のショッピングモールから声がかかり、そこに移転したとの返事が返ってきた。
あの店舗は借り手を捜してもらっているという事だったが、それを聞いて私は腑に落ちない、スッキリしないものを感た。

数千万円を投じて建築し、数年間営業して多少なりともお得意先が増えているであろう中で、それらを捨てていきなり全く別の場所で営業しようという気持ちになるものだろうか・・・。
しかも通うのに時間もコストもかかる場所なので、家庭を持っている女性にとっては相当の決断が必要だったのではないかと考えられる。

それからさらに時は流れて現在、その店の名前をブログ検索をしてみると、その時"移転した"と連絡のあった場所とは違うショッピングモールで営業している事を伝える2007年12月の記事を最後に更新が止まっていて、公式ウェブサイトも解約されている。

ブログの最後に記事にはアフィリエイト目的のいかがわしいコメントが大量に投稿されている状態で見苦しい。
体を壊したとか、あるいは家族の都合とか どのような事情があるのか分からないが、廃業したという事なのだろうと推測される。

他人事ではあるが、セミナーで話していた借入金が返済がどのような形になったのか気になるところではある。

ちなみにこの時、講師として呼ばれていた起業家は全部で3人いたのだが、もう一人の女性が経営するお店はそのセミナーのわずか数年後に閉店、別の企業を経営する若手起業家は残念ながら2008年10月にこの世を去った。
この現実は、どんなビジネスであれ創業してそれを長く継続させるというのがいかに難しいかを物語るものだと思う。

今年も感謝の気持ちを忘れずに、日々精進していきたいと思う。
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